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2009.04.18
毎日色んなことを考える中で、あ、これ書き残したいな~と思うことがたくさんあります。
感動したこと、悔しかったこと、楽しかったこと、反省したこと
毎日が心に新しい刺激をくれる。

家に帰宅するまではあんなにたくさんのことを書こうとワクワクしていた気持ちが
実際にブログを開いて書こうと思うと
月曜の朝会社へ行く時と似たような気分になって手を止める。

今日はやめよう。


以前毎日のようにブログを楽しみに書いていた頃に戻れない自分をなぜだろうと思う。

考えたくない。頭を使いたくない。
疲れることはしたくない。

身体が自然と拒否をする。


バラエティーを見て笑ったり
ドラマを見て感動したり
音楽を聴いて癒されたり
動画を見て感心したり。

そういうただただ受身でいる時間に安らぐ。



ふと、過去自分が書いてきた懐かしい記事を読んでみた。
あの頃はどんな気持ちで記事を書いていたのだろうかと。

感情の起伏が激しく
精一杯生きている自分がそこにいた。

生きていたのは、ここネット。

ここでの出会いも人との出会い。
出会った人たち、出会う人たち、
すべてに自分の精一杯をぶつけていた。

希望を持ち
時には理想を押し付け
手を抜けない自分がそこにいた。


すべてを精一杯生きるなんてとても難しい。
それを頑張っていた自分。
何かのために犠牲にしたものも多かった。
それにさえ気付かないほど不器用な私だった。

誰かのために
何かのために
そう生きるのが楽しく嬉しい時間に
気付けば自分を持てなくなっていた。

自分なんていいの。みんなが良ければ―。


それがいけないことだと叱ってくれる人に出会うまで
自分を痛めつけることに躊躇はなかった。

頑張れば叶う。
何でも乗り越えられる。

そう思っていた。



その頃には誰かを恨むこともあった。
何かのせいにして、言い訳にして、自分を正当化することもあった。

でも、すべて自分が選んだことだった。


ある人に出会ってから
私は変わった。

頑張ってるけど、どこかで手を抜いている。
頑張ることを選ぶようになった。

人との付き合いにも少し淡白になった。

自分を休めることを覚えた。


バランスは難しい。
けれども、以前の私よりはずっと自分らしさがあるように思う。

占いを見るたびに、お節介にならぬよう、と言われていたことを思うと
ちょうど良いのかも知れない。


母と話をしていた時に
淡白の反対語って何だろう?と聞いたら うざい と言われた。
こらこら、口が悪いよ(笑) と言ってみたけど、そういうイメージがあるのかな。

自分が淋しがりやなのもあり、そっけなくすることだけはしないようにと努めてきた。
まるでそうしないと関係が消えてしまう不安があったのかも知れない。
信用するのは苦手。人の心の変わりやすさに安心できずにいた。

自分は信用されたいくせにね。




ブログを書き始めた頃の記事を読むと
人にメッセージを発することで、リアクションを求めていた自分がいた。
懐かしい。
不安だったんだろうね、書いたことがどう思われているかが。

ミクシィで一時期話題になっていたのと私も同じだったんだと思う。
足跡を残したのにコメントをしないなんて礼儀知らずだ、と。

その話題になっていた頃には
私もブログを書き始めて2・3年経っていたから
そんなの読んでる人もたくさんの人の記事を見るわけだから暇じゃないって、と
思える自分がいたんだけど

大勢に発信する経験のない人にとっては
メールを送って返信がないことと同じ気持ちでいるものなんだと
過去の記事を消してしまいたくなるほど恥ずかしい気持ちで読み返しながら
自分のそんな姿を懐かしく思うと同時に、人は変わるものなんだなと。


当時の記事を読みながら
心境の変化が強く感じられます。

何に必死になっていたのか
何を大切にしていたのか


その姿を見て、例えばバカだな~・・・と思ったとき
呆れるのか笑ってしまうのか、
その気持ちも受け取った時々で変わるものなんだろうけど

過去が良くても悪くても
その時々一生懸命生きてきたなら
きっと今のつながる良い時間だったんだと思える。

恥ずかしい経験も
愚かな行動も

何もかもが今の私の中で生きているのだと。



ブログを書くのは
自分が感じたことや考えたこと知ったこと
何かを伝えることで読んでくれる人にヒントになれば嬉しいなと
そういう気持ちで作り上げてきたけど

読み返した記事は、
誰よりも自分自身に強く語りかけるものでした。

書くのがつらかったときも
何か残して来て良かったと思ったものです。


迷って書いた記事なんて、他の人が読んだら何だこれ?って感じだけど
それは未来の自分にはちゃんと伝わる事情。

生活のこと、仕事のこと、ゲームのこと、
ぐっちゃぐちゃに混ざったブログだけど
全部含めて自分だったなと。


カタコトでも伝わることがあるんだと、
残すことに意味があるんだと

そう感じたことが嬉しかった時間でした。


きっと調子の良い時には必要のないものだと思うけど
悩んだ時、苦しい時、行き詰った時、
そんな時に過去の記録が道を開けてくれるのかも知れませんね。



昔のようにブログを書かなくなったのは
それだけ仕事に集中できているから、とも思う。
糸が切れない緊張感の持続から開放された自宅での時間は
頭を休ませてあげてと身体が悲鳴をあげている。

気持ちの変化に環境の変化がプラスされている。
周りに触発されながら、自分も変化して行くのだろう。
重きを置く場所が変わったからの今、
ネットでの自分はずいぶん軽くなった。心も身体も。

だけど、それは頑張らないのとはまた違う。
ここでの楽しみも十分得ていきたい。
それが選択。



以下に記載したのは4年前?のおみくじの結果。
ブログに書いてたのを引っ張ってきました。

占いとかおみくじとか
見た時にはふむふむと思うんだけど
それを1年後にはなーんにも憶えていない。
どんなおみくじだったのか、悪いことが何で気を付けなきゃならないことが何だったか、とか。

月日が経ってから過去のおみくじや占いの結果を見て
自分の生きてきた時間と比べてみるのも面白いなと思いました。

指摘されてることが思い当たる節があって胸が痛いところですが
今はかなり改善できてるんじゃないかな?と思えるので嬉しいですね。

※ おみくじの「待ち人」とは王子様、お姫様的な意味ではなくて
  自分の人生を変えてくれるような存在の人のことらしいです。
  転機を与えてくれる人、かな?
  当時はいなかったようです。うん、今思っても確かに(笑)


◇おみくじ「吉」

いくら良い運勢にあっても 他人に対し驕り高ぶり有頂天になって謙譲の心を失い信仰心を忘れると
楠の大木でさえそうの香りが無くなるように幸福がたちまちに逃げ去ります
心身共に健全にしましょう

願望: 道ならぬ道に踏み迷わず信心すれば小事は叶う
待ち人: 来ませんがよい便あり
恋愛: みだらな恋に身を破ることなく立派な人を選びなさい
縁談: 高く望まず 神様のお力にすがれば良縁あり
お産: 体を大事にしなさい
家庭: 浮気心は不運を招く円満にして繁栄を祈れ
失物: 出て来ます 探しなさい


◇誕生日別「開運」 貴方の性格

貴方の性格は福分は豊であって世に信用を得て相当の地位に昇る事が出来るが
一面理想に追われ時間と金銭を浪費するような失敗がある
内心素直で相当信用を得られるが
強い感受性を持っているため善悪いづれにも極めて染みやすい傾向がある
また多情多感なところもあって、憐愍の情が人一倍強く、芝居、映画等を見ても涙もろい方である
そのために人に物事を以来懇願されると内心嫌と思っても断りきれず、
引き受けてそのために迷惑をこうむる事が少なくない
人の世話もよいが利害損得を考えてせねばならぬ

あまり出しゃばるのも困るが引込思案もよろしくない
そのために常に不安と憂慮に覆われていなければならぬ故当たって砕けろ主義で進むよう
そうすれば自然心も爽快になることが出来る
元来が才能に恵まれた性質であるから各方面にわたって本領を発揮することが出来るが
一気に成功を望むことなく目上の人に何事も相談して
己の欠点を是正し事を成すのが貴方として得策である
人の悪口を言ってみても 自分が優れたことにはならない



自分自身のことが詰まっているブログ。
自分をオープンにする必要なんてどこにもないし
特に仕事のことなんて、書けないこともたくさんあるけど
自分の変化やその軌跡を知るには良い素材ですね。


+++++

写真は同じ鉢から育ったミニバラです。

rea090418_002.jpg

見るたびに色が変わっていて見ていて飽きません。
人の心も同じ。良い時もあれば悪い時もある。

美しい時も、不恰好な形をしている時もあるけど
枯れたように見えても大きく花開いたりして命を感じます。

不安定だからこそ、生きてるのを感じられるのかも知れません。
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