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2006.06.11
今日は朝から映画を見に行ってきました。
何を見たかと言うのは・・・ 5月20日に公開された 『ダ・ヴィンチコード』
中世ヨーロッパの歴史や美術芸術作品が好きな私としては見逃せない映画で。('-'。)(。'-')。ワクワク☆

感想は・・・
歴史に触れる点、芸術作品として見る分には良いなぁなんて思ってたんですけど
内容は今の私にはちょっときつかったです(´_`。)
見終わった後のこの後味の悪さって何だろうって(´;ェ;`)ウゥ・・・

何がキツイって、人の信じてる気持ちが利用される場面がありまくりなところ。
信じてるものに裏切られた時のショックって言いようがないですよね・・・。
相手の方がどう思ってるかなんて分からないところもあるけど
『まさか・・・?』 なんて、思いたくもない気持ちが心に浮かぶたびに苦しくなる思い。
今までの自分が過ごしてきた時間での人とのやり取りなどを思い出しながら
人との付き合い、自分の気持ちなんかをすごい考えさせられちゃいました・・・。

って・・・映画の内容とちょっとズレてる気が(・ω・;A)
きっと自分自身がそういうことに敏感にナイーブになってるだけです(,,-ω-)(-ω-,,)ネー



この前友達とこんな話をしてたんですよね。
『ネットだから嘘を言ってもいいの?』 なんて聞かれたから答えたんです。
『何が嘘かなんて分からないよね。』
『嘘も信じたら本当になる。自分が信じたものが本物になるんだよ。』
って。
何を信じたいか、何を信じたくないか。それは人それぞれの気持ちによるものだって。
そんな話をしながら誰より自分に言い聞かせていたところが大きいんですけど・・・。
私はできれば信じたままでいたいんです。
相手の人の善意を信じたい。
何か間違いや誤りがあったとしても、その気であることをきっと言ってくれる時が来るって
疑って自分から関係を壊すことだけはしたくないって、信じたままでいたいんですよね。
そこまで言える私でさえ、今日映画を見て繰り返される裏切りの数々に気持ちが揺れてしまいました。
人の気持ちってこうも利用しやすいものなんだろうかって淋しさに包まれながら。

信じられるものなんてあるの・・・?
信じただけ傷つくなんて、信じるほうがバカなのかな・・・?って。

信じたものにことごとく利用されていたり、裏切られたり。
そんなことが繰り返し起こる中で生きていて何を信じたらいいの・・・?って疑心暗鬼。
信じられるものなんてこの世にあるの?って不振になる自分のことを一番嫌に思ったり。

どうして何も考えず生きていけないんでしょうね。
疑いたくないのに、信じるとか信じられないとか考えずにただ付き合って行きたいだけなのに。
損得勘定が生まれるからそうなってしまうのかな・・・?
甘える、頼る、利用する。その違いは何だろう・・・。
難しい(,,-ω-)(-ω-,,)ネー。



ネットだから・・・?なんて書きましたけど、人の気持ちはリアルも一緒ですよね。
ネットがリアルと違うのは、リアルの自分に影響なくお楽しみ時間の過ごせるバーチャルであること。
ここで見るものは、どんな素敵な自然なものであってもコンピュータ言語で作られたもの。
普段リアルで過ごしてるのと同じように時間を過ごしているつもりなのに何かが違う。
PCに触れなくなって、この世界のことを気にしなくなれば全てを無にすることもできる。
関係があるようでない、不思議な世界ですよね。

だけど、なんでリアルと同じような錯覚になるかって言えば
それは人がいるから。

自分と同じようにPCの前に向かってる人がいるからどんなバーチャルもリアルになる。
リアリティのあるバーチャルな世界。

でも、どんなにバーチャルであっても、人の心はバーチャルにはなりえない。
してはいけないものだとも思うんです。
だから、その考え方の違いによって傷ついたり悩んだりする人がいる。
ネットだから楽しめれば良いからと答えを見つけられる人と、どうしても割り切れずに悩む人。
損をするのは・・・悩んでしまう人なんでしょうね。

ネットに触れていない時間にまでもそのことで苦しんで
リアルでもやることがあるのに、ネットの悩みに苛まれてどちらも上手く行かずにさらに苦しんでしまう。
でも本当は・・・何悩んでるんだよ。もっとお気楽でイイジャン?と言える人が正しいのかもしれない。
リアルの自分を犠牲にしてまで過ごすことが良いとも思えないですしね。

そうなんですよね。
PCに触れていなかったら、なかった悩みであり、時間なんです。

そんな事を考えながら・・・私はリアル以上にこの世界での出来事に時間を費やしてるなぁって・・・。
ここに存在している時間ではなくて、この世界のこと、この世界で出会った人のことを考える時間。
今日はブログに何を書こう、今日は何をして遊ぼうと言う単純なものから
悩んでる友達は元気になったかな?あの人どう考えているのかな?といった人付き合いなども。
PCに触れていなくても、その時間を持つ事が当たり前になっていたんですよね。

いつからでしょうね。
ただ単純に楽しみを求めてネットでの時間を過ごしていた自分が
ネットでの人付き合いでのやり取りに異常なまでの時間を費やすようになったのは・・・。

大学時代にBOをしていた頃は(≧∇≦)キャー♪とか.....ヾ( 〃∇〃)ツ キャーーーッ♪とか言いながら
~[ l _ l]ノ⌒●~* ほいっとマップを駆け回って友達とワイワイしてる自分。
そんな自分がすごく楽しかったです。
みんなと楽しく遊ぶために、みんなを楽しませられるくらいの上手さになりたくて
頑張って修行する中でも、チャットしまくりの楽しい時間。
『女』 として特別扱いもされたくなくて、『櫻姫』 としてプレイしてたくさんの友達を作っていたのも
『櫻。』 と言う一見性別の分かりにくい1プレイヤーになり、色んな人と付き合ってました。
そんな中出会った人たちは、私のことを女だと言うのを知らなくて
普通にただ友達として付き合ってくれていたんでしょうね。
楽しく戦える、楽しく会話できる。それが友達として一緒にいたいと思える人たち。

その頃から色んな相談役にはなってましたけど、それもただ年上だからかな。
別に性別を隠していたわけじゃなかったから知ってた人は知ってたとは思うけど
あの頃は本当に異性を意識しないみんな同じ 『仲間』 として過ごせる時間が楽しかったです。


それに対して、女性キャラとしてスタートしたメイポ。
初期の頃は本当に純粋にレベル上げや色んな狩場へ行くことを楽しんでいたんですよね。
プレイするにつれ、多くの人と出会い・・・本気の恋もたくさんしました。
メイポは・・・リアル世界に擬似すぎるんですよね。

性別のあるキャラクターが経験値を得て成長する。
同じことの出来る人と出来ない人がいて、裕福な人が権力を得る。
物を売ったり、買ったり、人との取引があったり。
そんな中で見える強さや優しさ、人付き合いの中の人間性に惹かれたり、その逆もありますよね。

擬似すぎるからこそ、ネットの意識もなく、リアルの気持ちとして付き合ってるわけで
私はいつもどんなときも、誰が相手でも100%の気持ちで相手をしたくなるんです。
問いかけたら答えてくれるからこそ、私も思ったことを自由に伝えられる。
そんな関係が出来上がった人たちとのやり取りは安心感があり、落ち着けるんですよね。
姿の見えない、表情の見えないネットの世界でのやり取りを大事にしてくれる人たち。
それが私がこの世界でも 『信じられる』 と思える人たちなんです。

そういう人たちとのやり取りはどんなに事が大きくても大変でも疲れることってないんですよね。
考える時間は長いかもしれないけど、相手が何を考えてるか分からない疲労感がないから
解決できたときにはすごく爽やかで気持ちの良いときを迎えられる。
話し合えるから、納得できるまで言い合えるから、求める答えも得やすいんだと思います。

それが何かあると・・・
返事をせず無視をする、連絡を取らなくなる。時間がいつか忘れさせてくれる。
そんなことで解決すべき問題があっても放置しようとする人と向き合うたび
何とか答えが欲しいと頑張るたびに疲れすぎてしまうんです・・・。

ネットだからでもないですよね。
問いかけたものに返事がないのって・・・どうも理解できないのです(´_`。)
都合が悪いなら謝るなり、話したくないならその旨を伝えるなり
とりあえず相手の問いかけに返事をすることって大切だと思うんですけど・・・。

自分の否に見向きもせず、人を蔑ろにするような態度をし続ける姿を見ているほうも辛いんです。
その人と過ごしてきた時間って何だったんだろう・・・
そんなにも思い遣りのない人だったの・・・?なんて悲しささえあって。
しかも、そう思うたびに自分が信じてきたものを全否定するのも淋しすぎて
なぜそんなにも非道な態度を平気で取れているかを疑問に思わずにもいられない。
だからその答えが欲しくて、分からない相手の気持ちを考えては疲れてしまうんです・・・。

結局は、信じてるんですよね。
今見せてくれてる姿は本当の姿じゃないって。
本当は優しくて人の心の痛みの分かる人だって。
だから何がそうさせているのか、何を見つめているのか・・・
もっと、周りが見れる人なのにって。

信じてはいたいけれども、同時に・・・そうだったんだぁ・・・と思わずにもいられないことも多くて
本当はどうだったの・・・?って聞きたくてしょうがないんです。
だけど、聞いて 『全部嘘だった』 なんて言われるくらいなら思い出を大事にしたい。
今何の返答もない姿が本当の姿ならば、このままキレイな思い出を心にしまっておきたいとも。

答えをくれないのはそういうことかなとも思ってしまうんですよね。



今日、映画を見るまでは、その人と過ごしていた時間だけは嘘じゃなかったはずだって
自分を言い聞かせていたんです。
態度が変わり始めた頃は違ったかもしれないけど、初めの頃の姿が嘘なはずはないって。
せめて自分が信じていた時間だけは本物だったって。
そう思おうと気持ちを落ち着かせていたときに・・・この映画はきつかったです(´;ェ;`)ウゥ・・・

『ようは何を信じるか』

映画でも言われていたことですけど、ホントその通りで
結局は 『自分が信じたもの』 が 『自分にとっての本物』 になるんですよね・・・。

信じられるものなんてあるのかな・・・?とさえ思うほどになってましたけど
ネット友達でも昔から付き合ってくれてる人は
会う時間や関わる時間が少なくても、半年に1回しか会わなくても何も変わらずいてくれますしね。
付き合ってきた時間に関係なく、自分が信じたいと思う人はやっぱり信じたいですし。

いつでも良いから、いつか・・・周りを見る余裕ができた時にでも気付いて欲しいなと思います。
人の笑顔を見て他の人が笑顔になれるように
誰かを蔑ろにした時には、その扱いがいつか自分に返ってくるものだと思います。
どんなことも循環するからこそ、人への思い遣りが大事であり
誰に対しても思い遣りのある態度が素敵な人柄を作り出すことを忘れないで欲しいなって。

良いことも、嬉しいことも、悪いことも、嫌なことも全て伝染しちゃうんですよね。
だからこそ、誰かに嫌なことをされたからって仕返しをするんじゃなくて
嫌なことをされたからこそ、逆に良いことをしてあげたい、優しさで包んであげたい。
そんな人で・・・いたいんですけど、甘いですかね(´_`。)

今日は映画が最近の悩みにヒットしてしまって、それから気分が悪くてダメです・・・。
暗い内容でごめんなさい・・・εミ(ο_ _)ο
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